”類は友を呼ぶ”という諺がありますが
スピリチュアルの世界でもよく引き合いに出されます。
良いエネルギーには良いエネルギーが引き寄せられ
悪いエネルギーには悪いエネルギーが引き寄せられる。
エネルギーの世界を知ればこれが全くの間違いだということがわかります。
光には必ず陰ができます。
陰には必ず光が差し込みます。
良いとされるものには悪いとされるものが引き寄せられ
悪いとされるものには良いものが引き寄せられるのです。
しかも、良いエネルギーには良いエネルギーが引き寄せられると
考えられているスピリチュアリストたちは
ジャッジメントをしないだとかワンネスが大切だと説きます。
しかし、”良いエネルギーには良いエネルギーが引き寄せられる”と
言っている時点でそれはジャッジメントであり
社会を善と悪の2元論で切り裂いていることを宣言していることを意味しています。
しかもワンネスは全ての統合であり
善と悪との統合も視野に入らなければならないのに
良いエネルギーには良いエネルギーが引き寄せられる
と言いながらジャッジメントはNOと言います。
日本にはこのような得体の知れない新興宗教的な
スピリチュアルがアメリカから輸入されていることに
私たちは留意しなければなりません。
この矛盾というのはアメリカが自由を叫びながら
戦争を仕掛けていることと同じレベルのものです。
そういう嘘と偽善の思考法が大量に日本に流れてきているのです。
神社に行けばわかりますが
自分の肉体を純化すればするほど
悪いバイブレーションに憑依されやすくなります。
そのケガレを落とすのがミソギなのです。
アメリカの思考法とは違うしっかりとしたエネルギー認識が
日本の古代にはあります。
この闇のエネルギーアタックを乗り越えれば乗り越えるほど
自分のエネルギーが純化していきます。
なぜなら闇のアタックが常態化すれば
それほどのことでは動じなくなるからです。
それが闇を受容するという認識につながっていくのです。
ワンネスとはジャッジメントしないことを意味するのではなく
しっかりとジャッジメントをしてそれぞれの存在の多様性を認めた上で
融合するという認識です。
違いを消すのではなく、違いを超えるのです。
ここの部分は現代日本人が最も苦手とするところでしょう。
しかし、戦前まで私たちは普通にこれを実践していたのです。
他人とは違う自分のスタンスを表明することが平和につながるとは
ほとんどの方が認識されておりません。
それがとめどないスピリチュアルの衝突を引き起こしていることに
気づく必要があります。
キリストの原理主義では違いを超えることはできません。
なぜなら彼らの文明は異端者狩りを行うことによって今があるからです。
だからキリストの原理主義が悪いわけではありません。
私たちとは違うのです。
役割をしっかりと認識して世界を融合に向かわせなければなりません。
日本の中でもこのキリスト原理(感謝・愛だけを宣伝するもの)に
洗脳されているにも関わらず神道を称する方々がいらっしゃいます。
気をつけないといけないでしょう。
光だけを宣言するのは穢れです。
なぜなら光であれば自らを光と呼ぶ必要はない。
中身がまるで逆だから”光”と見せたいのです。
TVや本、雑誌に洗脳されていては
いかなるエネルギー認識も身に付かないでしょう。
メディア先行の知の伝達に疑いを持つ事が
知性活性化の入り口でしょう。
それはエネルギーを知っていく上でも重要なことです。
しっかりと自分の中心につながるサポートを
ネルスピ・カウンセリングは行います。
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