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  2017/12/12 [01:58] (Tue)
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  2009/06/18 [13:36] (Thu)

静岡にオタマが降った頃に、天龍川流域の謎が解け、瀬織津姫が顕わになってきましたが、さらなる驚くべき事がわかってきています。

瀬織津姫からのメタファーで天白信仰(てんぱくしんこう)『ウィキペディア(Wikipedia)』なるものに行き着きましたが、実はこの信仰に、自分が今までもらってきたメッセージの骨格が引き継がれていました。

しかし、この天白信仰、学術的には柳田史観とも捉えられる国家神道に影響を受けた領域から現在でも出ておらず、間違った認識が流布しているようです。

天龍川流域が天白信仰が強いのは最もなことです。なぜなら、諏訪湖を北極星に見立て、一直線に天龍川が南の太平洋に注いでいるからです。

DSC02344.JPG
また蓼科山を北極星とし、八ヶ岳を北斗七星とすることもでき、南八ヶ岳の権現岳と鳳凰山の地蔵岳(オベリスク)も今でも強力な天の川信仰を有しているからです。(左写真は今年4月の鳳凰山、よく見るとオベリスクが見えます。高速道路から見えるくらいなので、いかに巨大であるかがわかります、詳しくは鳳凰山の象徴オベリスク「マップル観光ガイド」まで)


柳田はこれに関係する文化をミシャクジを用いて富士眉月弧文化圏としましたが、少し的が外れているように思います。

ミシャクジは男性神(ニギハヤヒ・イザナギ)であり、獅子であり、そのパートナーとして北極星・織姫・瀬織津姫・イザナミがいるわけです。

従って、ミシャクジとは天の川祭祀の男神の部分を抜き出したに過ぎず、天白信仰と対をなしてこそ祭祀の本質が見えてくるのであって、ミシャクジ・天白それぞれ単体ではなにものも導き出されないと思います。現在の天白信仰に対する見方は視野狭窄の域を出ず、北極星を模す造形がない伊勢を天白信仰の震源地とみなすのは皇国史観に洗脳された類の見方であると思われます。

霜月祭と星の信仰(信州遠山郷)

上記ページには驚くべきことが書かれています。私が独自に追ってきた北極星信仰が今年5月の天河巡礼で瀬織津姫と習合したのですが、天白信仰とはまさにこのことであり、ベガが北極星から落ちた1万3千年前に遡る恐ろしく古い信仰なのです。

これらの信仰を含めて天の川祭祀と私は呼んでいますが、今これが見つかっているのが、西からいきますと九州の奥八女周辺部、高知市中心部大阪淀川周辺部諏訪、そして天龍川流域です。で、これから見つかりそうなのが実は関東(もうだいぶ見えてますが、現在調査中です)、調査を要するのが兵庫県の雪彦山周辺部と福島県の猪苗代湖周辺部です。(会津という地名の本質に関わるものです、「記・紀」の四道将軍説は創作である可能性が高いので)

そしてこれらの歴史を見ていきますと、天智朝までは全国一律で連動して動いていますが、その後、天武朝で一気に封印・破壊されています。天智朝で祓戸が積極的に用いられてきた事は書きました。


しかし、白村江の戦い以降、皇室が唐の勢力に一部乗っとられるも日本各地で武士が誕生し、縄文の力(北極星のピューリタニズム)が回復されてきた日本史には愛しさを感じずにはいられません。

天龍川流域の調査とメッセージ取りは8月に現地で行いますが、琵琶湖の天の川祭祀と似ており、琵琶湖が近江(おうみ)そして天龍川下流域が遠江(とうとうみ)と呼ばれたのには、深い深い意味があるのです。単なる琵琶湖と浜名湖という湖レベルの話ではなく、祓戸の祭祀レベルの話なのです。


それと天白信仰(てんぱくしんこう)『ウィキペディア(Wikipedia)』には、天白が『風の神』である可能性も指摘されておりますが、土佐神社の女神は『しなね』で『しなとの風神』であります。その土佐神社から北山に駆け上がる古道を抜ければ古代の禊場と目される七つの滝(淵)「北斗七星」、そしてその奥には北極星と目される超巨岩の山が存在するのです。



その巨岩には大きい穴が開いており、まさに大穴持。そうです、オオナムチなのです。オオナムチすなわち大国主が、この日本という国を作りましたが、オオナムチとは北極星のことなのです。その『しなね』が一言主とされ、アジスキタカヒコネに置き換えられたのは誠に悲しいことです。


DSC00628.JPGそしてその土佐神社南の内湾には西側に巨大な獅子岩、そして東側には絶海(たるみ)に囲まれた三体妙見を祀る山「土佐神社離宮」そしてこの獅子岩と三体妙見の南には北極星と太陽神が孕み(はらみ)を行う孕のジャンがあります。さらに南には桂浜の竜王宮があります。桂浜にはなぜだか、江の島と似ているという石碑が建っています。



そしてこの土佐神社の北極星信仰と密接な関係にあると思われるのが、大分県の早吸日女神社。ここは神武天皇を案内したウズヒコの伝承地であり、このことから日本神話の根源的な領域においてさえ、北極星信仰を征服するというメタファーが張り巡らされているのです。早吸日女神社は中央構造線上に存在し(天武天皇がこの中央構造線に非常に執着していたというのは以前書きました)そこを東に行くという事は四国へ渡るということであり、渡った四国の愛媛の佐田岬が佐太すなわちサルタヒコの長い鼻のようになっているのは最大限のメタファーが隠されています。

「中央構造線が北、南に平野・内湾というのが土佐のあり方で、これが飛鳥に至っては逆になります。それが再度、北に中央構造線、南に平野・内湾になるのが実は武蔵なのです。三体妙見大宮氷川神社付近を中央構造線が突き抜けています。奈良の吉野から下ってきた最も重要なサクナドの地に土佐・下土佐・土佐街道という地名が残っていますので、おそらくは土佐の秦氏(古代土佐は都左国と波多『ハタ』国の2国がありました)が飛鳥の土木事業に狩り出されたとは思いますが、その後の扱いはひどいものでした


そして神武東征伝説が高知に多いこと、風と水の女神のつながりが大分と高知にあること、そして大分の姫島の黒曜石文化圏が高知県南西部にかかっていること、そして高知県南西部にはタツクシ・コツクシというツクシ名が残っていること。そして下記の巨石群周辺に天白信仰と呼べるものが残っており、隠された修験場であったこと(現在では四国88箇所の一寺)、など。あらゆることをトータルで分析すると古代、何が起こったかは自ずと見えてくるのです。

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以上のこととフランスのカルナック巨石群にも匹敵するとされる高知県の唐人駄馬巨石群(失われた先史時代の遺構)が密接に関わっているというのは言うまでもないことであり、巨石北極星信仰・風神水神信仰・神武東征・中央構造線は密接に関わっているのです。そこにはツクシのヒムカのアハキハラを完全に説明できる地形が眠っているのです。




ということは神武東征記自体が天武東征記である可能性も指摘できます。なぜなら天智朝までは祓戸の『天の川祭祀』が機能していたからです。


その後、北極星信仰は修験道で妙見菩薩として復活するも明治政府に封印、しかし、源頼朝や徳川家康が信仰した日光はさすがに明治政府は封じることはできなかったようです。


この北極星信仰の何がこわいのかと言うと、北極星を天帝とみなし祭祀者と合一する神事があるからです。これが広まるとたくさんの天帝が出てくるということであり、権力者にとっては非常に都合が悪く、だからこそ、源頼朝も徳川家康も日光を自分の尊星としたのです。

しかし、江戸幕府も北斗七星の滝で小さい頃から行水をしていた坂本龍馬という一青年に譲位を迫られることとなります。

龍馬の『日本を今一度洗濯致したく候』という言葉は、祓戸の神の復活を意味しており(坂本は土佐の古代豪族「坂本神社」、坂はイヤサカのサカ、ヨモツヒラサカのサカ)、日本が穢れてきた時に、日本各地の北極星信仰の強い土地から瀬織津姫が顕れてくるのです。

静岡にオタマジャクシ、広島にオタマジャクシ、そして岩手にオタマジャクシ、全て瀬織津姫信仰の強い地域です。これを瀬織津姫のメタファーとすることなしでは読み解くことはできないでしょう。鳥が嘔吐したものとしても鳥の疫病を回避するものとして牛頭天王(北極星)、つむじ風だったとしても(しなとの北極星)、風と水の北極星につながるのです。次は福岡に大量のオタマジャクシが降るでしょう。いよいよミナカタ三女神が破水されるのでしょうか。

来月の日食に向けて天と大地が目まぐるしく動いているのです。

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  2009/06/10 [18:19] (Wed)

日本三大妙見には諸説ありますが、一般的には能勢妙見(大阪府)、相馬妙見(福島県)、八代妙見(熊本県) が三大妙見に設定されているようです。

ちなみに「大阪三大妙見」は妙見山(能勢) 、星田妙見宮、感応寺と言われています。最後の感応寺の創建は大化元年(645年)なので、なかなか怪しいものがあります。

ただこれらは、多分に地域おこし的な側面もあるので、おおまかには、九州・西近畿・(北)関東に三大拠点があったといってよいと思います。(だからといってこれ以外の地域に北極星信仰がないというわけではありません、諏訪はその中でも隠された妙見の土地であると思います、人口密度や日蓮宗などが上代以後の妙見信仰に多大な影響を与えています)

これらの三大妙見の裏に隠されているのが、実は3つの彦山であります。英彦山(九州)・雪彦山(兵庫)・弥彦山(新潟)の3つです。

英彦山はおそらくは宇佐神宮の北辰信仰と密接に関わっており、雪彦山は姫路の廣峯神社(牛頭天王発祥の地)と、弥彦山は秩父と密接に関わっています。

姫路の廣峯神社については(来月訪問予定でしたがスケジュールの都合上行けなくなりました残念)北に日光院という妙見社があることも忘れてはならないと思います。


実は雪彦山行きについてはかなり綿密な計画を立てておりましたが、どうやら6月中にそれをしておかなくてはならなかったようで、今月私たちが南伊豆で行う6/30七越の大祓いエナジーワーク ~七色の輝きに向けてがそれと同じ意味を持つ事が次第に明らかになってきています。

実は私たちが今回祓いを行う南伊豆の場は、弥彦神社の南にあたります。そのライン上に三峯神社や三嶋大社などがあり、とても重要なラインとなっています。

関東では、日光を北極星とするラインが有名ですが、この南伊豆・秩父のラインも非常に重要です。

そしてもう一本が、千葉から猪苗代を貫くラインです。この3つのラインが巨大な住吉のオリオンを形成しています。三峯・武甲山、日光・二荒山、磐梯・安達太良山。これが巨大な三体妙見になっているのです。

三体妙見というのは、北極星を3つに見立てる信仰で、おそらくはベガ・アルタイル・デネブの3つが極北に存在した頃の古い信仰に基づいていると思います。ベガが北極星落ちした1万3千年前に沈んだとされる与那国の海底遺跡にも三体妙見の巨石が屹立しています。

その信仰が後に、オリオン座と習合して現在まで引き継がれてきているのではないかと思います。

磐船神社(大阪)、西宮神社(兵庫)の東宮・斎宮と同じような形が高知にもありまして、高知の場合は西宮に巨大な獅子岩、東宮に三体妙見の山があります。このすぐ南に女体神社を含む石土神社(父)・女体神社(母)・新宮神社(子「若宮」)のセットがあります。ここは十市皇女の伝承地でもあります。

以前に北方の守護とオリオンでも詳しく書きました。

さらに面白いのは、前述の延喜式内社でもある石土神社は、石鎚神社の元宮を主張しており、現に西四国においては石鎚神社よりむしろ瓶ヶ森という隣の山の方が古代には行場が栄えていたようなのです。それが妙見となんの関わりがあるかというと、実は、この瓶ヶ森は男山・女山・子持ち権現山という聖なる三位一体がご神体になっているのです。山頂には瓶壺という聖なる小さな瓶のような泉があるのです。天神が生殖して水も子供も産み落としてくれるのです。(この子供が実は桃太郎)

その何が問題なのかと言いますと、後期大和朝廷が父・母・子の聖なる三位一体を権力で封じ、隣の石鎚山の天孫降臨の磐船を、万世一系の道具として使おうとしていたのではないかということです。結局、天孫降臨の地は高千穂に設定されますが、当初は四国内で配置換えを行って撹乱させようという戦略が朝廷内にはあったように思います。ですから日本書紀では、ニギハヤヒは少しの言及で終わっているのです。そもそもなぜ神武天皇は自分がニギハヤヒであると宣言しなかったのでしょうか?前任者がおり、王位を譲ってもらったとするよりも自らが初代大王であるというほうが簡単なはずです。

これには深い深い意味があるのです。神武天皇のエネルギーよりもニギハヤヒのエネルギーが大きい場合にだけ日本書紀の方程式は成り立つのです。神武天皇にも祟りの観念があったことが伺えます。だからこそ完全な破壊はせずに封じる形で祀る、というような封印祭祀が至る所で見受けられるのです。

完全に壊したいけれども、その度に祟りに襲われる。日本において巨石や巨木に纏わる祟り話は枚挙に暇がありません。それほどニギハヤヒ時代の人たちは大地と連動した巨石祭祀を行っていたわけです。九州のこしき石なんかは、その代表的なものでしょう。


ちなみに女体神社は関東に意外とあり、氷川神社もその信仰と関わっています。おそらくは筑波山も日光もこれらと深い関わりがあったのだと思います。

これが三体妙見のかなり古い形ではないでしょうか。


その三体妙見を開くためにまずは、住吉の上筒男にもなっていると思われる南伊豆・秩父ライン。これが重要です。秩父には今年の春分に訪問しています。三体妙見は宇佐神宮の根源(大元)の祭祀です。この宇佐大元の祭祀と土佐三体妙見、氷川神社三体妙見がつながるのは、神智学者にとっては垂涎の対象ではないかと思います。


そのラインの瀬織津姫パイプを太くして、大地の浄化と祓い、そしてこの日本列島に住む皆さまの夏越の大祓いをさせて頂くこととなっています。

おそらくは、3つの彦山のラインには、この結果、同じことが起こってくると思います。

相模・伊豆と宮島が瀬織津姫、千葉と岡山が玉依姫、そして千葉・秩父と兵庫が妙見菩薩と関わっているのは単なる偶然ではないでしょう。九州にもこのようなラインがあると思います。

これらが連動して動いています。

来月には日食がありまして、玉に呼ばれていますので、千葉に訪問することになります。ここはおそらく岡山の何かと連動してくると思います。

龍が水を欲していたので、水を天に上げることによって、あるいは海から玉を天に上げることによって、天から桃が降ってくるかもしれません。

おじいさんは芝刈りに鎌を持っていったので、鎌(釜)がないとだめでしょうし、おばあさんは川に洗濯に行きましたから、禊と祓がないと桃太郎はどんぶらこどんぶらこと流れてこないということらしいです。

鎌は既に諏訪大社や佐久奈度神社でエネルギーリンクしましたし(鎌で裂いて出てくるのがコノハナサクヤ姫)、禊は瀬織津姫でやっていますので、来月以降、その結果がわかると思います。それを受け取るために私たちは夏越の大祓いをしてかなくてはならないということなんですね。


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  2009/06/09 [12:08] (Tue)

2万個LEDで川面に天の川再現、大阪・大川で七夕に(読売新聞)

今日まで知りませんでしたが、旧淀川で天の川イベントが実施されるようです。

旧淀川とは1907年に今の淀川が開削されるまえにあった本来の淀川です。

西宮(サイグウ)と斎宮(サイグウ)に書きました天の川=淀川という古代祭祀が大阪の人の心に少しずつ甦って来ているのです。

大阪はもともと逢坂ですから、彦星と織姫が出会う場所でもあります。琵琶湖から流れ出る唯一の川が旧淀川ですから、それが神聖でないはずがないのです。

東京とは違う文化を取り戻すために古代の天の川祭祀を復活させるのは、非常に合理的な方法でしょう。

さらに欲を出せば、大阪交野市の星田妙見から兵庫の廣田(広田)神社まで彦星行列が出れば最高だと思います。船渡御があるらしいですが、川を渡るのは彦星と織姫の逢瀬の一部分に過ぎず、本来は磐船神社に留まっているイザナギ(ニギハヤヒ)が廣田神社の瀬織津姫(イザナミ)に会いに行き、生殖を行い、お正月にえべっさん(恵比須さん・ヒルコ)が生まれるということなんですね。そこまで是非、実現させて欲しいとは思います(笑)

年神と千歳神でも書きました通り、年をくれる年神さんは正月にやってきます。ヒルコがその最初のターゲットです。地上に産み落とされた私たちは大歳神によって年をとっていきますが、幽界の織姫・彦星は一向に年をとりません。私たちの魂は年をとるということがありません。肉体は年をとりますが、魂は年齢を重ねるごとに肉体を得る前の過去を思い出していくのです。


参考までに瀬織津姫『ウィキペディア(Wikipedia)』

***引用はじめ****
兵庫県西宮市、西宮の地名由来の大社である広田神社は天照大神荒御魂を主祭神としているが、戦前の由緒書きには、瀬織津姫を主祭神とすることが明確に記されていた。
***引用おわり****


そこまでになれば大阪・兵庫の政治・経済の分野にまで天の川の水の思想が浸透するので、地域も復活するのではないかと思います。


旧淀川は天満川(てんまがわ)と呼ばれることもあるらしいですが、これはもともとアマテラスの原型で、アマタラスの思想が根底にある川です。(このアマタラスに関しては近日中にブレスでUP予定ですが)

菅原道真の天満宮の下地になっている思想でもあります。天が満つることを天足(アマタラス)と言います。天を、その天足(アマタラス)の状態に持って行くために何をしなければいけないかというと、地上の水を天に上げなくてはなりません。それで、天が満たされると(天足)、天から雨が降ってきます。これも『雨たらす』です。

現在はアマテラスと言えば、太陽神のように認識されますが、本来は水の女神であり、北極星の女神です。奈良時代には(唐にはローマから女性蔑視思想の新しいタイプのキリスト教が入ってきており、女王の国とは対等外交をしないという大中華思想が醸成されていたため)当時の日本では太陽神「男性」が国の根本に据えられ、元寇が去った鎌倉時代以降、その太陽神に水と北極星の女神性が被せられました。


この呪縛を解かなければ、各地方の解放はありません。政治経済においては東京の、そして神道においては伊勢の呪縛を解かなければ、中央集権ドグマ(国家主義)の力を弱めていくことはできません。

大和の自由主義とは、この中央集権ドグマとは正反対のものです。私たちひとりひとりが、無意味な権力にすがるのではなく、自分自身の足元を見て、自分の住んでいる土地の素晴らしさや、自分自身の素晴らしさに気づく事が、今、とても必要なのです。

天の川祭祀は全国で行われていました。権力から押し付けられるのではなく、各地方が自分の土地を愛するが故に自発的に水を大切にし、土地の精霊を祀っていたのです。どこかが一番で、どこかが一番ではないということはありませんでした。

その後、全国に国分寺が建立され、東大寺こそが全国一の寺であると信じ込まされました。そういう洗脳を私たちひとりひとりが解いていかなくてはならないのです。

土地に一番も二番もありません。地形は唯一無二のものでありますし、人間もそうです。自分の住む土地を慈しむということは自分自身さえも慈しむということです。

逆に、自分の住む土地を汚し、蔑ろにするということは、自分自身を痛めつけるということです。私利私欲のために国土を破壊し、原発を作り続ける自民党員と一部のゼネコンにはこれ以上、力を与えてはいけないと思います。(原発がエコだというプロガンダも最近、力を得てきているようですが、物事の本質を見抜く力があればこのような嘘にも惑わされなくなります)


政治参加とは何も、投票に行くことだけではありません。自分の住む土地や自分の住む土地を流れる川が大事なんだとブログで宣言するだけでも、自民党員と一部のゼネコンは心の隙間に入ってこられなくなります。

何が大切かを私たち日本人は今、再確認する必要があるでしょう。

そのきっかけとしてこの大阪の試みは時代に一石を投じる試みになると思います。


水が汚れれば心も汚れるのです。

しかし、水をきれいにしようと思えばいつでも取り戻せるのです。



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  2009/05/22 [18:15] (Fri)
伊勢神宮が現在のような大きな神社になったのは伊勢神道による大規模な啓蒙があったからです。

神道五部書『ウィキペディア(Wikipedia)』は、この伊勢神道を完成させるために書かれた思想・哲学体系書になります。これによって鎌倉時代以降、天照大御神が女神とされ伊勢神宮が国の根本に置かれるようになりました。

諸外国に日本の威信を示すためにどうしても必要なことだったでしょう。興隆する仏教に対して神道を守り抜くという一大拠点になったことは確かです。当時の仏教は多分に思想的でしたので、自然祭祀の神道ではとても太刀打ちができませんでした。

こういうナイーブな問題でしたから、伊勢神宮の問題は国家の政治的な問題と密接に関わってきました。現在の靖国神社のようなものです。

しかし、果たして現代において皇国史観のまま継承されている伊勢神道をそのままにしておくことが日本社会にとって有益であるかどうかを問うならば、否、であるでしょう。

現代世界は、強烈な国家主義を持つ国は衰退するというメタファーを持っています。
個々の存在を強調しながら全体を創造していくという欧州のモデルこそが次世代のモデルでしょう。

そのような時代に国家主義・中央主権主義というドグマ(教義)は、もはや国を弱体化させるもの以外のなにものでもないと思います。


大和葛城宝山記『ウィキペディア(Wikipedia)』は神道五部書のリソースとされていますが、これは修験道側から見た神道書であり、どちらかと言えば、こちらのほうにこそ真実が記載されていると思います。

生駒山脈は一言主を筆頭に行基、大津皇子、竹林寺、葛城氏などのメタファーが数多く隠されており、それが天智天皇というメタファーを引き出す”カラクリ山脈”であるとも思います。

本来、西を向いて兵庫県の西宮と逢瀬を果たすはずのイカルガの磐船神社(太陽神の獅子の咆哮)が法隆寺のイカルガに移転させられたのは、まさに『壬申の乱』と呼ぶにふさわしい祭祀の改変でした。日本最古の寺が兵庫県に求められるのも、律令国家構築以前は東宮よりも西宮(斎宮)が皇位継承の位とされていたのでしょう。

東宮であるイザナギをバックにつけたすなわち琵琶湖の太陽神のニギハヤヒが磐船神社で咆哮し、廣田神社の瀬織津姫と逢瀬をするのは壮大な七夕だったことでしょう。

女神が封印される前までの私たち日本人は、それほどまでに美しい信仰を持っていました。権力や政治に左右されない水と巨石と風を祀る巨大な自然祭祀です。秩父の夜祭りなどにも、その痕跡は見ることができます。


白村江の戦いや元寇、ペリー来航などを通して、常に私たちは政治的な目的で神を改変してきました。

もういいのではないでしょうか。

政教分離とは言っても、祭神の変更にも神社庁の許可がいる時代です(全く政教分離にはなっていない)神は自らの内に自然と湧いてくる信仰によって拝めらるるべきものです。

七夕が中国からやってきたというのは明らかに認識違いだと思います。縄文時代より日本に存在する陰陽石で明らかに織姫と彦星の逢瀬を祭祀していた痕跡が日本中に散らばっています。

この信仰を取り戻すことによって、日本が再生していくのは間違いがないでしょう。

日本発の『緑の資本主義』が世界に広がっていくきっかけになることでしょう。

とどまることのない波とその浄化力により瀬織津姫景気と呼ばれるようになるでしょう。

天変地異後の世界は既に見えているのです。


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  2009/05/18 [14:29] (Mon)

天満宮について気になることがありますので、書きます。

天満宮『ウィキペディア(Wikipedia)』


903年 (潮江)天満宮創建「高知県」

904年 防府天満宮創建「山口県」

919年 大宰府天満宮創建「福岡県」

947年 北野天満宮創建「京都府」


そもそも天満宮は菅原道真の怒りを鎮めるために創建されたとされていますが、最も古い時期立てられた高知の天満宮は趣旨が違います。

菅原道真が亡くなった時に、長男である菅原高視が高知に居り、その高視の元に父・道真の遺品が送られてきたことが高知の天満宮の由緒とされています。

高知ではこの(潮江)天満宮は一之宮の土佐神社と信仰を2分するほど今でも信仰されている神社です。

興味深いことは、菅原道真の牛や吉祥天との関係です。天満宮の使いは牛とされていますが、これはスサノオと習合した牛頭天王と同じであると思います。そして吉祥天も北天の女神。


菅原道真はどうやら北極星とされていたようなのです。天満宮は北極星信仰の最後の封印といってもよいかと思います。それは水の女神の封印と同じ意味を持ちます。

菅原道真の祖父にあたる菅原清公が吉祥天信仰を持っていたようですが、それだけで道真を北極星とする信仰が広がるはずがありません。古来より存在した北極星信仰に菅原道真が習合したと考えるのが自然だと思います。


しかも菅原道真の祟りは雷であらわされますが、それよりも以前、土佐大神が天武天皇に神刀を献上させられた(675年)3年後に賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)は創建されています。

若々しい神鳴りということらしいですが、どこからその神鳴りを持ってきたのでしょうか?
天満宮を持ち出せば、雷は北極星の化身なので、北極星信仰のある土地から勧請したと考えるのが理にかなっています。


話を高知の天満宮に戻しますと、天満宮裏手には実は菅原高視の名を冠した高見山という山がありまして、そこに大きな巨石があります。牛です。

その山の湾を挟んだ東の反対側には三体妙見の山があります。

その間を縫って北極星と太陽神の船渡し神事が行われるのが、土佐最大の奇祭「しなね祭」です。

しなねはシナノの諏訪大社ミサヤマ神事(北極星信仰)にもつながっています。

宇佐神宮の源信仰は北極星信仰とも言われています。

高知のしなねはシナネツヒコと関係があるとされ風神と言われます。

「どうやら古代日本人は、水と雷と風が北極星からやってくると考えていたようです。
雷が神鳴りとされますが、この場合の神とは北極星のことだろうと思います」


現に大分には椎根津彦神社があり、神武天皇を案内した珍彦と習合している。

その北にある速吸瀬戸を祀った早吸日女神社こそサスラ姫と瀬織津姫、宗像3女神などの水の女神の根源となったのです。

この速吸瀬戸周辺の祭祀と「しなね祭」は祭祀思想の根底が驚くほど一致しており、神武東征時の伝説が高知県に多いのは、この水と風の女神を抑えるという強烈なメタファーがそこにあるのです。

高知県南西部の唐人駄馬巨石群にはかなり古代の風神図が描かれており、風の女神に対する厚い信仰は先史時代より九州と四国の間を駆け抜けていただろうと思います。

しかも、秦王国と紅十字でも書いたように、西四国にはヤハタとスクナヒコナが眠っており、全国に広がる最も多い八幡神社のヤハタ(八幡信仰)は北極星信仰であった可能性も浮上しています。

タナバタは七夕ではなく、棚旗であった可能性があります。棚田の上に旗を掲げることが北極星の女神が降臨することと何か関係があったのです。

源頼朝が日光という北極星を信仰し、熱心に八幡神を拝んだのにも理由があるのです。

ヤハタとは白旗の女神だったのです。八幡神社がこの国に最も多いのはこういう理由があったのです。
八幡神社のヒメ大神とは北極星だったのです。







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