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  2008/08/23 [13:51] (Sat)

社会を見るのか個人を見るのかで
同じ指標を用いても結果が異なってきます。

過去に裁きを受け続けスピリチュアル業界に参入し
癒しの施し手となっている方々は自分の過去の体験より
裁きを失くそうとします。

しかし、この場合の視点はかなり個人的であり
そこには社会という広範囲な視点が欠けています。

例えば、ある人がりんごを食べたとします。
そのりんごはたまたま腐っていました。

当然ながらそのりんごを食べた人は
りんごが嫌いになり、りんごそのものが悪であると
思うようになりました。

しかし、りんごそのものは悪ではありません。

たまたま腐ったりんごに当たったことを受け入れるしか方法はないのです。
自分の過去を客観化するしか方法はないのです。



裁きを否定する個人主義者の方々は
”裁きを否定する方向”に裁きを入れていることに
気づく必要があります。

裁きを失くすということは
裁くという行い自体を裁かない
判断しないということです。

ですから裁きを拒否している時点で裁きが入っているのです。

ということは裁きを受け入れないといけないのです。

裁きをも受容する、それが本当の意味で裁かないという意味です。


私は裁くことも裁かないことも受け入れています。
なぜなら両方がこの世には存在するからです。

どちらか一方を受け入れるのは愛ではないからです。

結局のところ、未だ完全なる癒しが完了していない方々は
裁き・判断されることを嫌っておりますが
真のライトワーカーとは
裁くことも、判断することも、愛することも
全てを受け入れる度量を持った人たちのことをそう呼びます。

”愛”の対極として”裁き”を認識している時点でそれは裁きなのです。
100%矛盾しています。
だったら最初から裁きはあると受け入れたほうが論理的ですし正しい。
それを受け入れられないのは過去の体験に囚われている証拠なのです。


これは施術を行われるほうの認識としては当然でしょうが
施術を施すヒーラーとしてはどうかと思います。

一般的にスピリチュアルとは癒す側、癒される側
両方のことを意味しますが
癒される側での認識で癒す側に回ってしまっては
クライアントが大変です。
ヒーラー自身が癒されない過去を
クライアントを使って癒されようとするからです。
(意識していようがしていまいが)

芸能界などはそういう傾向が多々あります。
認められなかった過去を認めてもらうために
有名人になろうとする。
これは会社経営者などにもあてはまります。
完全に癒されている人間はナニモノにもなろうとはしません

これがヒーラーの最低条件でしょう。
癒しの入り口です。

スピリチュアルはそういうディセンションな領域ではありません。
癒し手側がしっかりとアセンテッドしていなくてはなりません。

アセンテッドとは”完全に癒されている”という意味です。
だからアセンテッドマスターと呼ばれるのです。

少なくとも日本の今のスピリチュアルはこの境界線を認識できていません。
なぜならこの境界線さえジャッジしないことがスピリチュアルだと
考えている始末ですから。

自分に都合のよい情報を仕入れて自分を正当化することは簡単でしょう。

しかし、癒し手になるということは自分のその不調和なエネルギーが
暴かれるということでもあります。

それを知っていくのもスピリチュアルでしょうが
それは癒される側での認識であり
癒す側には回ってはいけないのです。

自分にとってはOKであっても
社会にとってはNGです。

NGだから自分はだめだ、ではなくて
OKになるためには何を実践し、どう行動していけば良いかを
考え、実践すれば良いのです。

自分が受け入れられないのは
自分が他者を受け入れられないことから始まります。

過去の自分にこだわらず
他人のアドバイスに耳を傾け
とにかく実践し、自分を捨てることこそが必要なのです。


この世には光も闇も、善も悪も、愛も裁きもあるのです。
全てを受け入れる事がライトワークなのです。
闇を隠し光を宣伝するだけでは、ワンネスなど到底無理でしょう。
自然界に存在する2極対極のもの、それらをひとつに認識し融合する事は
ライトへワークへの入り口に過ぎないのです。

その彼岸に多様性あふれるヤオヨロズの世界が広がっているのです。


癒されなかった過去のために何かを消そうとはせずに
今、社会にとってどういうエネルギーが必要なのか?
それを突き詰めていくのが真のライトワーカーというものです。

その手段として愛も裁きもあるのです。


愛とは自分が赦されることではなく
赦されなかった自分のような子供たちを
少しでも減らしていくことなのです。

自分という個人を見ず、社会という大きな器を見てください。

私たちは大人にならなければならないのです。

 

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政治/経済、宗教/哲学を基本としながら市民活動やスピリチュアル活動など、広範囲に動いております。行動範囲は今のところ、東は茨城県から西は中国四国地方までです。特に修験色の強い山間部の地域活性化に興味があります。該当自治体の担当者の方からのご連絡お待ちしております。どうぞよろしくお願いします。
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