『相模三社巡り』の記事の補足として書きます。
桃太郎は日ノ本国(倭国でも大和でもない)の物語であり、猿と犬と鳥とともに鬼を退治というのはものすごくシンボリックな話でもあります。
明治の文学者が挙って題材に取り上げていたことを考えると、桃太郎を始めとして御伽噺は日本人のかなり古い時代の記憶を継承しているものではないかと思います。
それはおそらく西日本において倭国が拡大する前の日本、山を中心とする文明『ヒノモト』の記憶ではないかと思います。
日ノ本国は山を祀った内陸型の文明であり、船の航海技術はありましたが、倭国のように帆船戦争を行うほどの航海技術はなかったと思います。
日ノ本国で最も重要な地域は飛騨(日田)であり、歴史を解くための鍵は東四国と吉備・六甲にあります。
桃太郎は、猿・鳥・犬を連れていきましたが(いろんなパターンがあります)、この3つはものすごく重要な意味を持っています。猿は山王さんで山神として有名ですが、おそらくこれは獅子が変化したものでしょう。そして鳥は鳳凰、犬は狼です。
鬼が表すものは島であり、海洋民族です。
桃太郎とは日ノ本国が倭国を打ち破るという物語であり、倭国側から見た『国譲り』神話とは対極にあります。
桃太郎の桃が指し示すものはものすごく古い時代の日本人の山への憧憬であり、山頂を禁足地にする文化はこの頃から育まれていました。
ですが、倭国の文化に乗って、高句麗の山岳信仰が入ってきて、山を縦横無尽に駆け巡り山頂を走破するという修験の下地が出来始め、日ノ本国はかなり混乱しました。
でも、ある程度、修験と日ノ本は共存していました。神奈川県の大山は禁足地がありましたが修験も栄えていました。
日本の修験道には、高句麗の山岳信仰と仏教、そして日ノ本国の山への信仰の3つがこんがらがってごった煮になっています。
別に分ける必要もありませんが、日ノ本国を捉える上では明確に認識できればいいかなという程度です。
日ノ本国の祭祀で重要なものは太陽であることは当然ですが、実はこれを象徴的に表しているのが獅子です。
これは狛犬に封印され、日本神話ではヤマトタケルが命を落とす元になった山の神『白猪』として登場しています。獅子は中東ではライオンに相当しますが、日本では猪です。映画『もののけ姫』では白猪がオッコトヌシであったし、シシガミも登場していました。狼も出ていましたね。
日ノ本国の住人が川を汚すタタラを嫌っていたのは言うまでもありません。しかしだからこそ、鉄器を造ることができなかったからこそ征服されてしまったのです。
山の斜面に埋められた銅鐸には様々な動物の絵が刻まれています。高知県の絵画銅剣には動物の絵が刻まれています。水・音・命を守ろうとした日ノ本国の最後の覚悟が伝わってきます。
しかし、日ノ本国は文化を共有しているだけの緩やかな連合国家でしたので(ケルトやマヤと同じ)倭国が持つ国家主義の力には到底、太刀打ちできませんでした。しかし、日本として倭国の国家主義の力も必要でした。その結果が国譲りとなっていきます。その結合で大和ができました。
大和、倭国、日ノ本国、全てを取り戻さないといけないでしょう。
先住民族系の文明が国家主義と結合して存続している国は世界に日本しかありません。しっかりとお役目を果たさないといけないでしょう。
水・音・命を守る世界構造を、新構造主義(新大和)として理想に掲げていかないといけないでしょう。日ノ本国と近代文明の誓約、これほど熱狂的なストーリーはありません。
山の神が落とした桃をGPSで走査することとしましょう。
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