やっと諏訪に行くことになりましたので、今日は相模川流域の諏訪信仰のおさらい(笑)に行っておりました。
3年前に相模川流域の諏訪信仰を含めて記事を書きましたが、相模川流域には長野とつながる深い文化的な地下水脈があります。
この地下水脈こそ、最近日ノ本国論で展開しております関東邪馬台国時代のものなのです。相模のサの神、秩父の妙見が相模川を駆け上り、諏訪まで獅子神を派遣していたのです。
さて今日はスピリチュアルとは少し離れて、軍事的な意味における諏訪の話です。
諏訪は古代より交通の要所にあり、日本でも1,2を争う要所です。今でも(中央高速)道路は諏訪を経由して四方に広がっています。1,2と申しましたのは、権力の本体がいくつ、どこにあるかで最大の要所というのは時代時代で変化するからです。
畿内の大和王権と関東の邪馬台国が激突する時代、諏訪が最も重要な要所であったことはすぐにわかります。
そのような場所は大抵いくつもの戦乱にまみれ文化的な消滅が起こりますが、諏訪は今でも古代の信仰を維持しています。古代オリエントにおいては小アジア(トルコ)、古代東アジアにおいては古代朝鮮半島、近世ヨーロッパにおいてはスイスがこれに相当します。
このような地域は必ず文明間の衝突が起きる前に文化の成熟が、その地で行われ、空前の繁栄を謳歌します。しかし、その後の身の振り方で文明が消滅してしまうこともありました。古代朝鮮半島の仏教文化はほぼ壊滅状態です。朝鮮半島の人々は日本に来て初めて自分達が過去享受していた文化を知るのです。
実は日本はそのような文化の十字路になりつつあります。ここで身の振り方を間違えれば、古代朝鮮半島のように文化的遺産を後世に引き継げないほどの文化後退があるかもしれません。
実際に現在、水面下で動くアメリカ資本の隅から中国資本が急速に入り込んできており、北朝鮮のミサイル発射などに見られますロシアの軍事的揺さぶりも顕著になってきています。すでに日本はアメリカ・ロシア・中国の国益の衝突する川中島となっているのです。
しかし、慌ててはいけません。軍事的境界線、経済的境界線が支配と略奪の対象になるのはその境界線下にある国が国家的哲学を失った時に始まります。なぜなら国家的哲学を失えば、周辺諸国が怖れから我先にと占領を仕掛けるからです。
それを食い止めるために、あるいはそういう周辺諸国に安寧をもたらすためには、文化の十字路に位置する日本が重厚な国家的哲学をもたなければなりません。本質的な国家的哲学を持ったとき、実はそこが世界の中心地となります。私たち日本人が拝む道祖神(サエの神)とはそういう思想の元に生まれた神です。
それが今、諏訪を知ることによって、日本中に広がっていくというのです。諏訪は何度も通っていますが、行くのは実は初めてです。基本的に呼ばれないといかないので、それは自然のことでしょう。北朝鮮がミサイルを発射するタイミングで行くということには深い意味があるようです。
諏訪は当初、関東邪馬台国の庇護の下で大和王権と戦いましたが、大和王権の支配下に入っても文化的破壊が為されませんでした。それが16
日本人は神仏習合然り、和魂洋才然り、積極的に他国の文明を受け入れ自らの発展にたゆまない努力をしてきました。これこそ究極の支配を免れる自発的な受容です。
今までは西洋文明を無造作に輸入してきましたが、もうそういうことを止める時期でしょう。こちらから積極的に習合し国風化させていかないといけない時期に来ています。政治・経済・宗教・神話・文化を和洋折衷にし、完全オリジナルなものとして世界に発信しなければならないでしょう。もう既にできている部分もあります。
そのオリジナル度が強ければ強いほど、文明の衝突を食い止めることができます。卑弥呼・壱与・聖徳太子は戦国の時代に文化・宗教の力で一瞬でも衝突を食い止めることができていました。これは単なる延命策ではなく、衝突回避の最善策なのです。人間が生きている限り衝突を消滅させる本質的解決手段など生まれてきません。
この世界は愛や善意で平和に保たれているのではなく、ミリタリーバランスで平和が保たれているのです。この視点を失ってしまっては全てが妄想になるでしょう。
私たちがこうして愛や平和だと暢気にしゃべっていられるのも、これまで東アジアを取り巻くミリタリーバランスがある程度、安定してきたからなのです。実はそれが今、崩れようとしています。
北朝鮮がミサイルを打ってくることと何十年と続いた自民党政治が終焉を迎えようとしていることは偶然の一致ではありません。『エネルギーの消滅が起きればすぐさま次のエネルギーが補完される』というのは宇宙のエネルギー法則です。
ここで私たち日本国が支配されずに独立を保っていくためには、自民党政治が終焉を迎えると同時に新しい国体を世界に提示する必要があるのです。これからは中央集権国家では国体が弱体化していきます。全く新しい国体のもとで経済規模を維持し、独立を保っていかなくてはならないのです。
だから、日ノ本の守護神『建御名方命』なのです。前置きが長くなり過ぎましたね(笑)
建御雷神は建御名方と対になっていると思われますが、『記・紀』では同士討ちみたいなことになっています。高知の神社学から読み解くと、鹿島とは冠のような島という意味であり、その冠を手に取るように見える場所をかっとり(香取)と呼んでいます。
すなわち、水(建御名方)と火(建御雷神)が調和する小島が『鹿島』なのであって、この2つが喧嘩させられるのは明らかな陰謀なのです。
水が勝ってしまえば島は水没しますし、火(火山)が勝ってしまえば海は後退してしまうのです。ですから水と火が絶妙なバランスで存在する島が神聖視されたのです。
海の中に存在する島(水の中に存在する火)と同様に、陸の中に存在する湖(火の中に存在する水)が神聖視されていたのです。
この両者のバランスを取るものこそ冠を授けられるものにふさわしいとされていたのです。随分昔のことですが。
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