2010/09/23 [21:26] (Thu)
満月の今日、イワナガサクヤ姫をUPしました。
ずっと追ってきました三体妙見、古女神、アガペが一体化してひとつの大きな解を得られたような気がしています。磐長姫と木花咲耶姫統合ブレスは以前、ある方から作って欲しいという依頼を受けたことがあってその時は作製が遅れましてもう必要ないということでしたが、この場を借りてお礼とご報告まで。
お陰さまでイワナガサクヤ姫のブレスが完成しました!どうもありがとうございました。
昨日の夜も大きな気付きがありまして、私が求めてやまないのは”愛の循環”であり、それを先日”アガペ”と表現しましたが、それが日本の古語では実は”巡り(メグリ)”なのではないかと。
すなわち”恵みの理(メグミリ)”であり”女神の理(メガミリ)”であることがわかりました。古代はおそらく”メガリ”と呼ばれていたと思います。
これを遡ると縄文時代になりますし、フェニキアの女神崇拝下でもこれはあったと思います。これはイクドの世界でも物語として展開していきますが、日本の縄文とフェニキアはお互いにかなり結合しやすい文化を持っていて、ユーラシア一帯に広がっていた古女神ダーナ(瀬織津姫)の基層をお互いに認知していたのではないかと感じています。
ここに世界樹の思想と天使ラジエルが関わってくるんですね~。
私の地元では、未だ皆この”女神の理”に沿って生きているし、その中には”怒り”とか”猜疑”とか”拒絶”とかほとんどないんですね。
でも文明が進んでいると言われる都市に住んでみると、そこには”怒り”とか”悲しみ”とか”拒絶”とか”否定”とかが充満していて、一体どういう意味で何がどう進んでいるのかがよくわからないところがあります。
ただこれは私の一方的な見方なので全く逆に地方で否定された方は都市を愛し、自分の地元を嫌います。それはひとそれぞれなので、どちらが正しいということはないと思います。
川における清流の条件とは、女神の理に沿って山を守り、水を守る人たちがどれだけ川と関わっているかであり、山間部には未だに恵みに感謝する人々が存在します。
しかし様々な理由からその”女神の理”は本当に瀕死の状態です。
この”女神の理”を縄文人は、サの神として象徴的にオサバイ(サバイアゲ・サバイサゲ)として祀り、同じような女神信仰を持つ海人族フェニキアが日本にやってきた時に、島(特にピラミッド型)を神格化した磐長姫信仰を形成していったのではないかと思います。
ですから違う民族が祀ったけれどもイワナガもサクヤも本来、同じ女神。両方が不死身(富士見)。現在でもサバイでは『来年も帰って来てね♪』と言ってサの神とお別れしている。毎年復活している。永遠なんですね。
一方、フェニキアのピラミッド信仰も、クフ王のピラミッドが内部でフェニックスが飛翔・帰還する構造になっていて不死身の構造になっているんですね。エジプトの文化はファルス(男根)のファラオ文化ですが、フェニキアは女神崇拝ですから、このクフ王のピラミッドの女神版の信仰を持っていたはずなんですね。
それがまさに白濱神社の三体妙見のど真ん中に位置する利島信仰に出てきていて、これがイコナ姫、ひいては三島信仰にも深く関わっているんですね。日ノ本国の根源的な信仰になっていたのではないかと思っています。
今回はちょっと途中に挟みます、、、
尾崎豊さんの『僕が僕であるために』です。皆が合唱している様は感動モノですね!
先日、敬老の日だったのですが忘れてましたので次の日に、祖母に電話しました。
今年で95歳です。ほんとにいつまでも元気でいて欲しいです。”女神の理”に沿って近くにいて、ひ孫の顔をいつも見せてあげたいんですけど、色んな事情でそれができていない自分を責めてしまいます。
都市に住む人たちが別に悪いというわけでもなく皆、一生懸命自分を生きてるだけですので、都市と山間部の文化融合活動を長いことやっています。
ただ山間部の人たちは自分たちが都市よりも遅れている・劣っていると思っているので、なかなか話が進みません。自分たちが都市に負けないほどの哲学を有しているのだという自信をつけてもらわないことには新たな展開というのは起こってこないわけです。。。
そのためにもイクドはあります!
ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ
※西行※が何をやろうとしていたのかがわかるような気もして、息づかいが伝わってきたりして、なんかとてもリアルに感じます。
この内側にある抑えきれない想いというのは、一体なんなのでしょうか。
でもこの統合ブレスを作ってからスッキリしたというかなんか靄が晴れたような感じがしているので、なんか霊的にブロックみたいなものがあるんでしょうかねぇ。
だってやっぱり美しい方を選んで醜い方を捨てるっていう話はどう考えても縄文的ではないと思うんですね。浦島太郎的世界観から言いますと。
じゃあ見た目だけなの?っていう話になりますよね。そう言えば白濱神社に見目っていう神さまがいますけど何か関係が?(笑)
※印で囲んだリンクは全て『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用
ずっと追ってきました三体妙見、古女神、アガペが一体化してひとつの大きな解を得られたような気がしています。磐長姫と木花咲耶姫統合ブレスは以前、ある方から作って欲しいという依頼を受けたことがあってその時は作製が遅れましてもう必要ないということでしたが、この場を借りてお礼とご報告まで。
お陰さまでイワナガサクヤ姫のブレスが完成しました!どうもありがとうございました。
昨日の夜も大きな気付きがありまして、私が求めてやまないのは”愛の循環”であり、それを先日”アガペ”と表現しましたが、それが日本の古語では実は”巡り(メグリ)”なのではないかと。
すなわち”恵みの理(メグミリ)”であり”女神の理(メガミリ)”であることがわかりました。古代はおそらく”メガリ”と呼ばれていたと思います。
これを遡ると縄文時代になりますし、フェニキアの女神崇拝下でもこれはあったと思います。これはイクドの世界でも物語として展開していきますが、日本の縄文とフェニキアはお互いにかなり結合しやすい文化を持っていて、ユーラシア一帯に広がっていた古女神ダーナ(瀬織津姫)の基層をお互いに認知していたのではないかと感じています。
ここに世界樹の思想と天使ラジエルが関わってくるんですね~。
私の地元では、未だ皆この”女神の理”に沿って生きているし、その中には”怒り”とか”猜疑”とか”拒絶”とかほとんどないんですね。
でも文明が進んでいると言われる都市に住んでみると、そこには”怒り”とか”悲しみ”とか”拒絶”とか”否定”とかが充満していて、一体どういう意味で何がどう進んでいるのかがよくわからないところがあります。
ただこれは私の一方的な見方なので全く逆に地方で否定された方は都市を愛し、自分の地元を嫌います。それはひとそれぞれなので、どちらが正しいということはないと思います。
川における清流の条件とは、女神の理に沿って山を守り、水を守る人たちがどれだけ川と関わっているかであり、山間部には未だに恵みに感謝する人々が存在します。
しかし様々な理由からその”女神の理”は本当に瀕死の状態です。
この”女神の理”を縄文人は、サの神として象徴的にオサバイ(サバイアゲ・サバイサゲ)として祀り、同じような女神信仰を持つ海人族フェニキアが日本にやってきた時に、島(特にピラミッド型)を神格化した磐長姫信仰を形成していったのではないかと思います。
ですから違う民族が祀ったけれどもイワナガもサクヤも本来、同じ女神。両方が不死身(富士見)。現在でもサバイでは『来年も帰って来てね♪』と言ってサの神とお別れしている。毎年復活している。永遠なんですね。
一方、フェニキアのピラミッド信仰も、クフ王のピラミッドが内部でフェニックスが飛翔・帰還する構造になっていて不死身の構造になっているんですね。エジプトの文化はファルス(男根)のファラオ文化ですが、フェニキアは女神崇拝ですから、このクフ王のピラミッドの女神版の信仰を持っていたはずなんですね。
それがまさに白濱神社の三体妙見のど真ん中に位置する利島信仰に出てきていて、これがイコナ姫、ひいては三島信仰にも深く関わっているんですね。日ノ本国の根源的な信仰になっていたのではないかと思っています。
今回はちょっと途中に挟みます、、、
尾崎豊さんの『僕が僕であるために』です。皆が合唱している様は感動モノですね!
先日、敬老の日だったのですが忘れてましたので次の日に、祖母に電話しました。
今年で95歳です。ほんとにいつまでも元気でいて欲しいです。”女神の理”に沿って近くにいて、ひ孫の顔をいつも見せてあげたいんですけど、色んな事情でそれができていない自分を責めてしまいます。
都市に住む人たちが別に悪いというわけでもなく皆、一生懸命自分を生きてるだけですので、都市と山間部の文化融合活動を長いことやっています。
ただ山間部の人たちは自分たちが都市よりも遅れている・劣っていると思っているので、なかなか話が進みません。自分たちが都市に負けないほどの哲学を有しているのだという自信をつけてもらわないことには新たな展開というのは起こってこないわけです。。。
そのためにもイクドはあります!
ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ
※西行※が何をやろうとしていたのかがわかるような気もして、息づかいが伝わってきたりして、なんかとてもリアルに感じます。
この内側にある抑えきれない想いというのは、一体なんなのでしょうか。
でもこの統合ブレスを作ってからスッキリしたというかなんか靄が晴れたような感じがしているので、なんか霊的にブロックみたいなものがあるんでしょうかねぇ。
だってやっぱり美しい方を選んで醜い方を捨てるっていう話はどう考えても縄文的ではないと思うんですね。浦島太郎的世界観から言いますと。
じゃあ見た目だけなの?っていう話になりますよね。そう言えば白濱神社に見目っていう神さまがいますけど何か関係が?(笑)
※印で囲んだリンクは全て『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用
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政治/経済、宗教/哲学を基本としながら市民活動やスピリチュアル活動など、広範囲に動いております。行動範囲は今のところ、東は茨城県から西は中国四国地方までです。特に修験色の強い山間部の地域活性化に興味があります。該当自治体の担当者の方からのご連絡お待ちしております。どうぞよろしくお願いします。
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