何度も書いていますが個人と社会の関係について。
スピリチュアルの中でよく”いい悪いはない”とか”善悪はない”とか
よく語られますが、個人レベルではもちろんそうでしょう。
江戸時代に勧善懲悪ものが流行って
明治時代にそれを覆す坪内逍遥などの文学者が出て
善悪超越の流れというものが出来たのです。
今のスピリチュアルはこの坪内などの思想の根底を
なぞっているに過ぎず全く新しいものではありません。
アメリカではイラク戦争の失敗から
善悪を決定しすぎることに戦略の失敗の本質があったのではないか
という反省があって、ニューエイジの世界にも
その反省が広がっています。
それが”いい悪いではない”という哲学に繋がっているのです。
それが日本に輸入されて、日本人がそれを手放しで信じ込む。
とてつもないノン・インテリジェンスです。
真の意味での個人レベルへのノン・ジャッジメントは
日本人は明治時代に完成して
それをもって大東亜共栄圏としたわけですが
日本人はまさにその思想が今アメリカからやってきたと
誤認し、自らの歴史を顧みようともしていないのです。
アメリカはまさに今、善悪を判断しないという
日本の明治時代の社会状況に近づいてきておりますが
全ての民族が民主的な国家を建設できるようにと願った
八紘一宇はアメリカの善悪を両断する原子爆弾で
粉砕されたのです。
この経験から日本人は思考さえ停止するという道を選び
一時の安息を手に入れてきたわけですが
アメリカ人が善悪を判断しないという社会に進歩したときに
最も壁となるのは、近代国家の根幹、議会と法を
どのように位置づけるか?ということなのです。
これは西洋の民主主義の根幹に到達する問題でもあります。
西洋の民主主義とは多数決民主主義。
勝者が弱者を吸い尽くす民主主義です。
これは弱者が勝者に恨みを蓄積する構造で
また、情報戦略によって現在のアメリカのように
恐怖政治に陥りやすいのです。
オバマが推進するホワイトハウス革命
いわゆるオバマネーションとは
まさにこの民主主義を根底から変えようとするものです。
しかし、失敗するでしょう。
なぜならそのモデルがないからです。
世界中を隈なく探してもモデルは
国常立を創生させた倭国の大文字(大和のスピリチュアリティ)
しかないのです。
今までの西洋史のモデルはほとんどが
ローマにありローマのモデルは中東にあります。
その中東とは何かというとシュメールであり
イラク戦争とはローマのシュメール獲りであったということは
ラムズフェルドのルビコン発言からも読み取れるでしょう。
それぐらいアメリカは迷走しているし
進むべき光の所在を見失っているのです。
この迷いの中から発せられる言葉の羅列が
アメリカニューエイジ本であるのです。
思考停止を身につけてきた日本の方々が
このからくりを見破るのはなかなか難しいかもしれない。
しかし、もっと日本人がしっかりとしなければ
世界が崩壊するということを深く認識しておかなくては
ならないと思います。
大和のスピリチュアリティを知りたい方は
ラビングアースヒーリングルームまで
社会的レベルでジャッジを怠れば社会は無法地帯となる。
ハンムラビ法典の時代から基礎を学ぼう! Loving-earth
なにやらスピリチュアルネットワークビジネスなるものが
すごい勢いで流行っているらしい。
自分の親戚も一時期
”あのセミナーを受けるとこれくらいの金儲けができる”
とか
”このFAXを買えば毎月いくら入ってくる”
とか
血眼で言っていた。
ちょうど、転職したい、自分の環境を変えたいということを
言っていた。
はしかのようなもの。
変えられない自分、将来の不安、誰にでもあります。
だからこそスピリチュアルがあったはず。
自分を変えるのは自分。
それがスピリチュアル。
自分を変えるために金儲けのセミナーに行く。
順序が逆だろう。
自分を突き詰めた結果、お金が入ってくるのです。
自分に向き合うことなしで
他人の哲学にお金を払ってもそれは無益な投資。
他人の成功哲学を真似して人生を成功に導こうなんて
雑誌を見て女子をデートに誘うようなもの。
そんな決められたレール、何が楽しいのだろうか?
レールの上を走りたい車掌志望の人もいるだろう。
それはそれでスピリチュアル。
要は自分の中心に存在するかどうかだけが問題。
本気で自分をセンタリングさせてくれようとしてくれる
地道に活動するヒーラーにお金を払ったほうが世のため人のため。
プロパガンダで依存を助長させる団体には
社会への悪影響を鑑みてスピリチュアルレスキュー(厳重抗議)声明を
出さざるを得ない。
ヘッジファンドが国際経済を根底から破壊してしまったように
アメリカ発の新手のネットワークビジネスは
人間を根底から破壊してしまう危険性がある。
日本のスピリチュアルは今、お金が動いているので
世界から狙われているということも知っておく必要があるでしょう。
ネットワークビジネスセミナーに行くより
経済学を勉強したほうがどれほど利口か。
これは結局、個人主義に問題がある。
社会というものは個人で変えることができない。
思い通りに進まない人生に夢のような希望を持たせるのが
宗教でありネットワークビジネス。
そこでグルになったところで億万長者になったところで
肝心の問題は解決されない。
お金がなくとも自己に忠実に生きている人間は幸せ。
それが自由意志でありアバンダンス。
アバンダンスとはお金では問題は何も解決されないということを知ること。
それを見通すことこそが千里眼。
それを知らないから新手のネットワークビジネスに利用される。
不況になればネットワークビジネスが儲かる。
最近では国会議員たちも洗脳されているようです。
自分以外のものに依存する人間に国を守る資格があるのか?
しかし、この新手のネットワークビジネスも
ジャパニーズスピリチュアルが復興する前の必然の序章。
どのエネルギーが昇り、どのエネルギーが沈むのか?
真の眼を持った人々は同じところに集まっているでしょう。
惑わされず、流されず
今、社会にとって何が正しいのかを考え
自分の信じる道を行く
のが究極的なスピリチュアルでしょう。
それが人間の理性であり、魂なのです。
私たちはケダモノではない。
他人の船に乗ってしまうから
人のせいにしたり自分を責めたりするのです。
自分としっかりと向き合おう。
『和して同ぜず』、これスピリチュアルの基本なり。
最近はノン・ジャッジメントなるものが勢いを増してますが
昔は my way なるものが流行したものです。
自分の道を究めるから人の気持ちがわかるのであって
ノン・ジャッジメントで自分と同じ道を生きさせることによって
人の気持ちをわかろうとする人の気持ちがわかりません。
人間は人それぞれ違う歴史、違う環境を持っています。
であるから自然と方向性や考え方は異なってくるはずです。
異なるから面白いし異なるから新しいエネルギーが生まれるのではないでしょうか。
自分と他人を完全に分けてジャッジして考える。
その先に融合とか受容とかがあるのではないでしょうか。
自分以外の人間が自分と違わないならば
別に受容しなくてもいいわけですから。
ですからノン・ジャッジメントを支持する人たちは
逆に違いを受け入れたくない人たちではないかと思います。
それこそ完全なジャッジメントであると思いますが、、、
真の意味でジャッジメントしないとは
ジャッジすることなんです。
ジャッジして違いを明確にして
違うからこそ受容する。
全てを受容する必要なんかはない。
ゴールは同じでも道が違うだけ。
別に無理に同じルートを通って山を登る必要なんかないと思います。
それこそ自由意志の剥奪です。
結局、『自由』とか『受容』とかの問題になると
”道”の考え方が最も自由度が高く本質的だと思います。
道は違えど同じ人間。
道には、正道・邪道・外道があります。
社会に害毒をもたらすのは外道です。
だから、道から外れていると書きます。
別に正道を進む必要もないでしょう。
しかし、道から外れてしまわないように
自分をしっかりとジャッジメントすること
そして、外道が増殖してきたら
外道をジャッジメントすることも必要でしょう。
私たちは社会を構築する主体となるべき大人なんですから。
何が善であるかを断定するのではなく
善なるものとは何なのかを皆で考えていく雰囲気こそ必要でしょう。
そのジャッジの雰囲気がなければ社会は確実に後退します。
良いことは良い、悪いことは悪い。
それを決めるのは誰かではなく
私たち全員なのです。
問題はジャッジメントではなく
社会に対して主体性を持っているかどうかの問題なのです。
ジャッジメントする側に視点を置いているのか
ジャッジメントされる側に視点を置いているのか。
能動的であるのか、受動的であるのか。
その違いによってジャッジメントに対するスタンスも違ってくるのです。
個人の殻に閉じこもらず、主体的にジャッジをしよう!
良い悪いは皆で決めればいい。
なぜならそれがルールなんですから。
ルールも法もない場所、それを無法地帯と呼びます。
スピリチュアルがこういうものになってきてませんか?
何が欠けているのか?
皆が深く認識する必要があるでしょう。
レムリアンリゾナンス本サイトでも宣言している通り
教育改革というものを行おうと考えています。
明治時代に西洋から学問といふものを輸入して
日本は脱亜入欧を図ったわけですが
今となっては、学問という形式自体が日本人の知性を
低下させる温床になっています。
(講座を受ければわかったつもりになる。
しかし、本質をつかみとれないため講座を受けたという資格にしがみつく)
西洋から学問を輸入する以前に
日本にあった考え方は”道”です。
寺子屋などはこの色彩が強く明治時代初期の帝国大学も
その雰囲気を引き継ぎましたが戦後の大学教育は
科学万能主義に陥り、洗脳と刷り込みが
とめどなく行われております。
自分の求める道の先に先達がいて
その人に色々と教わる。
そして新たな道を切り開いていく。
これが日本人のインテリジェンスの元でした。
今でも柔道、剣道、華道などの道の名がつく学問には
そういう知性活性化の秘密が隠されています。
しかし、今の西洋化した日本の学問は
既に学問とは呼べなくなっております。
道という概念がないため
ひとつスタンダードが出来上がると
それが正しいからといってそのスタンダードを
皆に一様に押し付けます。
そのことが日本人の知性を低下させてきました。
スピリチュアル業界においてもそうです。
クリスタルヒーリングやヒーラー講座などがありますが
講師が一方的に話す、生徒がそれを受け取る、
そのような講座を受けても何も身につきません。
せいぜいクライアントにこう言われた時はこう対処する
ぐらいのものしか身につかないでしょう。
本質を掴み取れないのです。
エネルギーの本質や新しいエネルギーに出会った時の解釈など
短期間で身につくものではありません。
都度、判断し分析し自分独自の解釈をする習慣がなければ
エネルギーを語ることもできませんし、掴み取ることもできません。
人を癒す”癒して手”には、そんなに簡単になれるものではありません。
瞬間、瞬間をジャッジメントし、クライアントにとってどういうエネルギーが
”今”という瞬間にベストなのか?
それに自分なりの解を出していかなくてはなりません。
柔道の道よりも、剣道の道よりも、華道の道よりも
施しの相手がいる分、ヒーラー道は厳しいのです。
基本的に”道”は厳しい。
愛や平和と口だけで語っても
厳しい苦難を乗り越えなくては
エネルギーなど掴み取る事はできませんし
それを誰かに施すなど、夢のまた夢の話なのです。
世界の柔道人口を知ってください。
日本の似非スピリチュアリストが”気楽な悟り方”的な思考法を
西洋から仕入れるのとは裏腹に
西洋人は現実的に日本の”道”を現実を変える手段として
選択しているのです。
大衆に媚びて、売れるからそのような思考法を
世に送り込んでいるだけであって
そんな法則がこの世にあるわけがないのです。
自然の法則は今も昔もこれからも変わりません。
清浄な空気は厳しい風雨の後にもたらされます。
豊穣の恵みは大河の氾濫の後にもたらされます。
そういう自然の法則をつきつめていくのがスピリチュアル道なのです。
簡単に与えられたものは簡単に壊れます。
しかし、魂の底から求道し、磨き上げたものは簡単には崩れません。
しっかりと地に足のついたスピ道を目指してみませんか?
今月中にスピ道のグループワークを行う予定です。
基本的に講師・生徒という位置づけではなく
日本古来の禅問答のような形(質疑応答メイン)で
講座を進めていきます。
西洋方式で何かを教えるということ自体が、もう既に力を失っています。
西洋方式の学問は知性低下を招くだけです。
求道心を芽生えさせない講義は精神的な支配なのです。
スピ道には様々なものが付随しています。
クリスタル道、ヒーラー道、カンナガラ道、巫女道など。
求めれば与えられます。
道を究めるからこそ、先達としての意味があるのです。
資格を連ねることによって自分自身を正当化することとはわけが違います。
しっかりと自分の道を究めることによって
自分に対する赦しを発動するようにしましょう!
真の自分への赦しとは、たったひとつの自分の道を勝ち取った時に
神から与えられるギフトなのです。
『求道せずして赦し無し』
”才能”も”光”も求めるからこそ与えられるのです。
過去の傷が見えるのは、今この瞬間を求道していないからです。
知性を勝ち取って、より良き人生を送るために
是非、ご参加下さいませ。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |