私たち ラビングアース はメタフィジカルストーン専門店ですと宣言して営業をしておりますが、なかなかこの本質が理解されないようです。
メタフィジカルとは形而上学であり、自然の中に存在する法則をクリスタルを通して知ろうとするスタンスのことを意味しています。
そのため、クリスタルに壮大な哲学的な意味が付加されたり、神話的なストーリーが付け加えられたりしますが、それは意味を無理に付加しているのではなく、クリスタルにはもともとそういう意味が備わっているのです。
空を見上げて、『今日もきれいだね』で終わるのは、単なる形而下の世界であり、物質的なスタンスの世界です。メタフィジカルな世界とは空を見て、『この空の向こうには何があるのだろうか?』とか『空に雲がかかることにどんな意味があるのか?』などを問うたり、そこから一定の法則を導き出すものなのです。
そういう作業のもとで、たくさんの言葉が生まれ、次々と新しい認識が生まれます。これが哲学のもともとの出発点です。科学もここから生まれています。
クリスタルには、そのような原初の哲学を超える秘密が隠されているのです。
クリスタルを知るという事は自然の原理を知っていくということであり、メタフィジカルの世界に精通していくということなのです。
日本では商業的に創られたパワーストーンという造語がありますが、これは全くクリスタルの本質を捉えている言葉ではありません。これは売る側に有利に働く洗脳装置であり、バレンタインやクリスマス同様、重商主義の資本主義に踊らされていることを日本人は、もっと深く気づく必要があると思います。
こういう嘘を見破るのが、まさしくメタフィジカルの知性であり、本来クリスタルを扱うものたちは、お客様に対してはそういうエネルギーを提供していかなくてはならないはずであるのに、日本における媒介者がメタフィジカルの本質を理解しているとは言いがたいものがあります。
クリスタルには力がありますが、それは自然の力が顕現しているだけであって、それを活用できなければクリスタルを知っていることにはなりません。
空に雲が現れ、私たちに恵みの雨をもたらしてくれるのには、全て意味があり、全て起こるべくして起こっているのです。それがなんの理由もなく超自然的な力で、私たちを救ってくれたと捉えるのは、現代に特徴的なオカルト的スタンスです。
古代の日本人は現代人以上に自然の原理を熟知しており、それゆえに自然を畏れていたのです。体の不調和と同様に自然の不調和にも必ず前兆が現れます。原理を知っているからこそ、前兆を畏れたのです。
現代人がわけもなく地震や大洪水を恐れる怖れとは次元が違います。何が起こるかわからないことを恐れていたのではなく、例外なく起こるべくして起こる自然の力を畏れていたのです。だからこそそこに人格を見出していたのです。
知性が転落し、メタフィジカルが軽視される世界ほど恐ろしいものはありません。起こるべくして起こることを認識できずに、ただ享楽的に日々を過ごすのは、野蛮という言葉があてはめられるでしょう。
母なる自然に敬意を表するならば、それらを知っていくということが私たち人間に唯一選択できる道ではないかと思います。何も知ろうとせず、原理から目をそむけるからこそ、愛が枯渇していくのです。
自然のミクロ単位であるクリスタルには、自然の原理が詰まっているのです。私たちが意味を付加しているのではなく、クリスタルは深い意味を、もともと持っているのです。
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hibiki の個人セッション では、お客様が日常生活の中で受け取りました意味不明のメッセージの解読なども行っています。石から声がする、急に~へ行かなくてはいけないような衝動に駆られる、などの現象が発生している場合は是非一度お問い合わせ下さい。
スターライト・クオリアが開講しました。
クリスタルのようにそれぞれ輝きを放つ方々にお集まり頂き、新時代の新しい音が、このクオリアから紡がれることになると確信しています。
クオリアは現代社会に様々な問いを投げかけるきっかけになることと思います。
科学的データを積み上げ、科学と呼ばれる存在論が私たちの心を覆い尽くす現代
主観的認識を論理的に積み上げ、共有していくスターライト・クオリアは
多くの方にとって新鮮かつ斬新な活動になることと思います。
本来、心や認識は科学的証明によって力を奪われるものではなく
自由に創造し、自由に感じることを約束されるべきです。
その本来あるべき姿に、心と体と魂を回帰させる。
これがインナービューティーへとつながります。
そのインナービューティーがあるからこそ、科学的データを乗りこなすことができるのです。
私たちは、『データ』である前に『人間』です。
本質は2つの大きな力の拮抗によって生まれます。
クオリアの主観的認識の視座を重視するスタンスが全てにおいて正しいわけではありません。
科学的証明が力を持ち過ぎている今だからこそ本質に成り得るのです。
天秤の片方に分銅が乗っている場合は、”美”も”ゆらぎ”も”心”もありません。
さらには、その天秤は重さを測るという機能さえも失ってしまい、硬直化してしまうのです。
知性とは何か?
それは分銅を載せていく行為(現代科学)ではなく、分銅の重さを知ることだと思います。
どちらの方向にどれだけ舵を切れば良いのか?
それこそが科学(論理的思考)が最も必要とされる局面でしょう。
舵を切るためには、風を読み、水を知り、天地に祈りを捧げなければ
確信はもたらされないでしょう。
クオリアはその土台となるべく、活動を開始致しました。
どうか今後ともよろしくお願い致します。
hibiki の個人セッションメニューにも記載しております通り、男性サニハと女性シャーマンによる『スピリチュアル・コア』という聖地巡礼グループを徐々に創っていきたいと考えています。
スピリチュアル業界は自らを目覚めさせた方々が大地を神を目覚めさせていくという段階に入りました。米国由来のクリスタルヒーリング・エネルギーワークなどはこれからの日本の目覚めにきっかけを与えた前座に過ぎず、これからがスピリチュアルという業界の本番になります。
不況の煽りを受けて、冷やかし半分で業界に参入してきた金目当ての自称スピリチュアリストが急速に姿を消し始めています。これは本当に良いことであると思います。もともと純粋な気持ちで日本のスピリチュアルを立ち上げてきた方々が残るでしょう。
その時に本質的な光が日本に充満するのです。
『スピリチュアル・コア』は移動生活者の復権でも書いたように、都市と地方をつなげる移動グループでもあります。修験者の復活とでも言いましょうか。講のようなものでもあります。もっとかなり先になるかと思いましたが、時代はかなり急激に変化してきております。
おうちスピリチュアルではなく、そういうアウトドアの本気スピリチュアルにこれからは思想的妥当性を与えていきたいと思います。
ただ、少し気をつけないといけないのは、シャーマンだけが固まると新興宗教になってしまうということと、日本の神さまだけに言及すると国家神道の復刻に力を与えてしまうということです。
ひとつ重要なことは、修験とは後期大和朝廷の中央集権国家に対抗して生まれたものです。ですからそこには前代の真の大和の自由主義があるわけです。それがなければ明治時代の蒸し返しか、支配を強要する新興宗教の出現になってしまいます。
ベースは現代の自由・平等・博愛、法、論理的思考であるのは変わらずに、プリミティブな世界に突入するということです。かなりのインテリジェンスが必要でしょう。
歴史にも精通しておかなくてはならないですし、西洋哲学や東洋哲学にもある程度触れておかなくてはならないと思います。その上で様々な神話の世界をシンクレティズムさせていく。
ものすごく難しいことですが過去の日本人はいとも簡単にそれを成功させています。神仏習合だけでなく、シュメール、ヒッタイト、フェニキア、ユダヤ、古代キリスト教、ゾロアスター、ミトラ、エジプト、などの様々な宗教を縄文の神と結合させ、時に異教の中でさらに縄文神は輝きを増したりもしたのです。
それは現代のように単に文物を取り入れ、麻薬のように異教に洗脳されている状態とは、心のステージが雲泥の差です。自分ありてこそ異教が役に立つのであって、自分なき場合の異教は植民地支配となんら変わりはない。
真の和合とは存在と存在が融合することであり、互いの存在が存在意義を消しあい妥協することではありません。
日本こそ積極的なシンクレティズムを発信していく立場にあります。
先達という職業を復刻せねばと考えています。職業が確立され金銭が動けば文化が発達しますので、社会は変わるのです。目先の小義にとらわれず、聖地巡礼グループが生活の糧を得るシステムが必要です。
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かなり形而上の世界になるので、ドラゴンアナスタからこちらのブログに諏訪話題を移します。
このレムリアンリゾナンスのブログと上記のドラゴンアナスタ、そしてシラヤマリア神界の3つの世界が諏訪訪問で一気に融合したのは、自分にとっては意外でした。
こういう事は以前にも何度かありましたが、ものすごいスピードで次元が上昇していることに気づかされます。今年に入ってスピリチュアルの世界が単なる表面的な癒しやお遊びの世界ではなく、世界を支えていく柱建ての業界に急速に変貌を遂げているのです。
そのようなエネルギー変化の中で、もともと中途半端な気持ちでスピリチュアルに参入してきた方は、中途退場を余儀なくされ、柱の建った本物の方たちがどんどん表れてくるような環境に成りつつあります。
自分にとって意外だったのは、今世では邪馬台国を明らかにすることで精一杯と思ってましたが、あちらの要望は全く違うところにあり、縄文の女神を立たせよ、という結論に至った事です。
もともと自分のインスピレーションは、まさに琴座の巨石文明から来ており、邪馬台国を明らかにしていない状態で大本命がやってくるとは夢にも思いませんでした。
その領域に足を踏み入れた以上、もうやるしかないので突き詰めていきたいとは思います。ただこれは古神道を超える前人未到の領域なので、様々な巫女たちの音をお借りしないと全貌はつかめないような気がしております。
まずサの神がなぎっているサナギの方たちとの連鎖共鳴をしていかなくては思います。
さて、南八ヶ岳の権現岳は天から矢が降ってきて地中にエネルギーが入り込んでいます。そして鳳凰山の地蔵岳から天へとエネルギーが昇っています。
八という漢字を逆さにすると逆鉾になるわけですが、八雷が権現岳に逆鉾として立ち、地蔵岳の獅子が天に咆哮を放っています。ここに円環のエネルギーができており、スターゲイトができているのです。
そのスターゲイトを1年のうちいつかの日に、辰巳の方角から富士の三角のシャドウ(レコードキーパのようなもの)が抜けていくのです。それが北アルプスのおそらく立山付近に転写されるわけですが、この時、間違いなく磁場に歪みが生じるわけです。
私が長年追っている壮大な○△□がそこに出現するのです。四角は琴座のような富士山から北アルプスまでの平行四辺形の大地。
山梨の一之宮にはその世界が表現されている。
富士山が現在のような形になる前は、きれいな三角形ではなかったため、次元の歪みにもほころびがあったとは思いますが、実際にそのような認識があったと思われるのは、かなり前なので、富士山完全形成後には、スターゲイトは一度も開かれていないのかもしれません。
琴座滑落と太陽落ちで岩石が力を失い、巨石信仰は、ほぼ祭祀中心となったでしょうから、実際にそれを操る方法というのは2・300年と経たない内に忘れ去られていったのではないかと思います。
九州北部の海底遺跡からは日本古代のいずれの文明ともつながらない両性具有の像が発見されてますが、おそらく諏訪のメノカミおよびスターゲイトはそれとつながっています。
また、広島の弥山や大分・安心院のストーンサークルなんかもかなり密接な関係があるでしょう。これらがなぜか石器時代の黒曜石の産地と重なるのは単なる偶然ではないでしょう。
縄文時代以前の石器時代を私たち日本人は色眼鏡なしで見ていく必要があると思います。黒曜石の広範囲な流通を考えればかなりの知性を持った人たちが当時日本に住んでいたわけで、下記ページには1万3千年前にベガが北極星の地位から滑落した時に、当時の日本人がどういう交易を行っていたかが記されている。
黒曜石の謎
相模と諏訪の深いつながりはここでも確認できる。
下記ページも面白い。
黒曜石研究
霧ヶ峰付近の遺跡が詳しく紹介されていて面白いです。黒曜石の流通が機能的な役割を超えていることに本質的な問題定義をされていますが、実に面白いことだと思います。
1万3千年前の日本人は近くで黒曜石が取れるにも関わらず遠隔地の黒曜石を手に入れようとしていたというのです。道もろくになかった時代に長野から青森に行っていた人たちのエネルギーはピラミッドを建造した人たちのパワーにも似ているでしょう。
なんらかの宗教意識があったとしか考えられません。
高原山遺跡で原石加工 「日本人どこから?」に一石(asahi.com)
上記記事にも書かれていますが、石器時代の人間が現在の人間より知能が低かったというのは完全な誤りで進化論の弊害だと思います。
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やっと諏訪に行くことになりましたので、今日は相模川流域の諏訪信仰のおさらい(笑)に行っておりました。
3年前に相模川流域の諏訪信仰を含めて記事を書きましたが、相模川流域には長野とつながる深い文化的な地下水脈があります。
この地下水脈こそ、最近日ノ本国論で展開しております関東邪馬台国時代のものなのです。相模のサの神、秩父の妙見が相模川を駆け上り、諏訪まで獅子神を派遣していたのです。
さて今日はスピリチュアルとは少し離れて、軍事的な意味における諏訪の話です。
諏訪は古代より交通の要所にあり、日本でも1,2を争う要所です。今でも(中央高速)道路は諏訪を経由して四方に広がっています。1,2と申しましたのは、権力の本体がいくつ、どこにあるかで最大の要所というのは時代時代で変化するからです。
畿内の大和王権と関東の邪馬台国が激突する時代、諏訪が最も重要な要所であったことはすぐにわかります。
そのような場所は大抵いくつもの戦乱にまみれ文化的な消滅が起こりますが、諏訪は今でも古代の信仰を維持しています。古代オリエントにおいては小アジア(トルコ)、古代東アジアにおいては古代朝鮮半島、近世ヨーロッパにおいてはスイスがこれに相当します。
このような地域は必ず文明間の衝突が起きる前に文化の成熟が、その地で行われ、空前の繁栄を謳歌します。しかし、その後の身の振り方で文明が消滅してしまうこともありました。古代朝鮮半島の仏教文化はほぼ壊滅状態です。朝鮮半島の人々は日本に来て初めて自分達が過去享受していた文化を知るのです。
実は日本はそのような文化の十字路になりつつあります。ここで身の振り方を間違えれば、古代朝鮮半島のように文化的遺産を後世に引き継げないほどの文化後退があるかもしれません。
実際に現在、水面下で動くアメリカ資本の隅から中国資本が急速に入り込んできており、北朝鮮のミサイル発射などに見られますロシアの軍事的揺さぶりも顕著になってきています。すでに日本はアメリカ・ロシア・中国の国益の衝突する川中島となっているのです。
しかし、慌ててはいけません。軍事的境界線、経済的境界線が支配と略奪の対象になるのはその境界線下にある国が国家的哲学を失った時に始まります。なぜなら国家的哲学を失えば、周辺諸国が怖れから我先にと占領を仕掛けるからです。
それを食い止めるために、あるいはそういう周辺諸国に安寧をもたらすためには、文化の十字路に位置する日本が重厚な国家的哲学をもたなければなりません。本質的な国家的哲学を持ったとき、実はそこが世界の中心地となります。私たち日本人が拝む道祖神(サエの神)とはそういう思想の元に生まれた神です。
それが今、諏訪を知ることによって、日本中に広がっていくというのです。諏訪は何度も通っていますが、行くのは実は初めてです。基本的に呼ばれないといかないので、それは自然のことでしょう。北朝鮮がミサイルを発射するタイミングで行くということには深い意味があるようです。
諏訪は当初、関東邪馬台国の庇護の下で大和王権と戦いましたが、大和王権の支配下に入っても文化的破壊が為されませんでした。それが16
日本人は神仏習合然り、和魂洋才然り、積極的に他国の文明を受け入れ自らの発展にたゆまない努力をしてきました。これこそ究極の支配を免れる自発的な受容です。
今までは西洋文明を無造作に輸入してきましたが、もうそういうことを止める時期でしょう。こちらから積極的に習合し国風化させていかないといけない時期に来ています。政治・経済・宗教・神話・文化を和洋折衷にし、完全オリジナルなものとして世界に発信しなければならないでしょう。もう既にできている部分もあります。
そのオリジナル度が強ければ強いほど、文明の衝突を食い止めることができます。卑弥呼・壱与・聖徳太子は戦国の時代に文化・宗教の力で一瞬でも衝突を食い止めることができていました。これは単なる延命策ではなく、衝突回避の最善策なのです。人間が生きている限り衝突を消滅させる本質的解決手段など生まれてきません。
この世界は愛や善意で平和に保たれているのではなく、ミリタリーバランスで平和が保たれているのです。この視点を失ってしまっては全てが妄想になるでしょう。
私たちがこうして愛や平和だと暢気にしゃべっていられるのも、これまで東アジアを取り巻くミリタリーバランスがある程度、安定してきたからなのです。実はそれが今、崩れようとしています。
北朝鮮がミサイルを打ってくることと何十年と続いた自民党政治が終焉を迎えようとしていることは偶然の一致ではありません。『エネルギーの消滅が起きればすぐさま次のエネルギーが補完される』というのは宇宙のエネルギー法則です。
ここで私たち日本国が支配されずに独立を保っていくためには、自民党政治が終焉を迎えると同時に新しい国体を世界に提示する必要があるのです。これからは中央集権国家では国体が弱体化していきます。全く新しい国体のもとで経済規模を維持し、独立を保っていかなくてはならないのです。
だから、日ノ本の守護神『建御名方命』なのです。前置きが長くなり過ぎましたね(笑)
建御雷神は建御名方と対になっていると思われますが、『記・紀』では同士討ちみたいなことになっています。高知の神社学から読み解くと、鹿島とは冠のような島という意味であり、その冠を手に取るように見える場所をかっとり(香取)と呼んでいます。
すなわち、水(建御名方)と火(建御雷神)が調和する小島が『鹿島』なのであって、この2つが喧嘩させられるのは明らかな陰謀なのです。
水が勝ってしまえば島は水没しますし、火(火山)が勝ってしまえば海は後退してしまうのです。ですから水と火が絶妙なバランスで存在する島が神聖視されたのです。
海の中に存在する島(水の中に存在する火)と同様に、陸の中に存在する湖(火の中に存在する水)が神聖視されていたのです。
この両者のバランスを取るものこそ冠を授けられるものにふさわしいとされていたのです。随分昔のことですが。
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